梅雨に入る前の蒸し暑い日。
去る2015年6月14日。我が家のシンボルとも言うべき802Diamondはオーディオショップへと旅だった。
6月の梅雨入り間近の天気とは思えない最高気温30度を記録した日。
空はどんよりと太陽の日差しは穏やかに曇っていた。
今年に入ってからオーディオショップが次々と800Seriesの展示処分品を放出し始めていた。
そろそろだろう、B&W800Seriesの定期アップデートが迫っていると思い始めた。
オーディオショップに駆けつけスタッフに声をかけるといくつか情報を貰った。
マランツの人曰く、次はNEW 800SeriesDiamondらしい。どうやらツイーターはDiamondのままのようだ。
しかしながら800Seriesは3世代10年以上も同じようなフォルムを維持している。
つまりはここのところ最先端技術が売りの理系スピーカーメーカーB&Wの進化は止まっている。
港では次のシリーズで大幅な改革が成されるともっぱらの噂だ。
遡ること5年2010年、現在の800Series Diamondが発表され
青年はその奇妙な姿のスピーカーを見入っていた。
えらく丸っぽくて今にもしゃべり出しそうなそれは実に奇妙に脳裏に焼き付いた
雑誌やウェブでの評論を眺めると必ずこのB&Wというメーカーは出てくる。
あるいみオーディオ界の顔のようなスピーカーだ。
どの記事を見ても800Seriesは褒め称えられ、ユーザーも街にあるコンビニかのようによく見かける。
それから少しの月日が経ってある程度貯金が貯まり自由にお金が使えるようになった
家の兄弟はえらく金遣いが狂っている。金銭感覚ではなく使い方が狂っている。
別に特別裕福な家庭でも何でも無いのに趣味になるとあまりにも全力を出しすぎる。
そして結構なミーハー要素も併せ持っている。
あるとき実家に帰省した兄の腕にはあまりにもキラキラといやらしい時計が嵌められていた。
どこかで見たことがあるその時計はどう見ても見ても高級品のそれでどう見てもロレックスだ。
ロレックスと言えば高級時計の代名詞ともいうべきとんでもない有名ブランドである。
しかしながら家の三兄弟の趣味への投資話を語り始めるとキリがないので今回はこの話だけ取り上げる。
そんな兄を見ていたら自分も夢を叶えても良いのだと銀行通帳に並べられたあまりにも重い数字を長め決意していた。
彼は年明け早々にオーディオショップに802Diamondの販売価格を聞き回っていた。
こんなにも高級で奇妙なスピーカーを誰が買うのだろうと不思議がっていた頃が懐かしい。
年明けから一ヶ月も経たない1月の下旬、西濃運輸で危なっかしく運ばれてきたのは
紛れもないあのころ頭に焼き付いた憬れのオーディオであった。
当時、そのままこいつを防音室に入れてやるまで面倒を見てやりたい。そう思っていた。
そんな事を考えていた頭はどこへやら今年2015年の4月には売却することを検討し始め
5月下旬には決定し、6月には現実の物となった。
今年何通ものメールをオーディオショップとやり取りようやく決着がついたのが6月の8日。
それから前日の13日。引き上げの前日。あまりにも奇妙な感情に襲われた。
802Diamondで最後にかける曲は先月辺りから決めていた。
それまでなじみ深い音楽を淡々とかけていたのだが、たった2年と少しのことが
走馬燈のように頭を駆け巡り最後には涙がこらえきれないまでに歯を強く食いしばっていた。
人生で初めての最も高い買い物。802SD。
あらゆるモノの中でもあまりにも大事にしてきた。
ペットでもない娘でもないただのスピーカーにこれほどまでの感情がわき上がってくることが自分でさえも理解を超えていた。
あるときは爆音しか出せないその音が嫌になり、重すぎる図体が嫌になり
アンプを食い過ぎる、音楽を選びすぎるその無個性が嫌になり
売りたくなったはずのスピーカーがなぜかこんなにも恋しい。
完璧を謳うエンクロージャーは若干ないている気がするし
Diamondツイーターもじつはそんなにレンジが広いような感じはしない。
もっとコンパクトに楽に音楽を楽しみたい。そう常に思っていた。
B&Wは最新鋭の技術で完璧を尽くしたスピーカーを作っているそう思って聞いてきた2年があったと思う。
その2年を振り返りながら聞き直す音楽はあまりにも甘く優雅な音であったように思えた。
この気持ちは何だろう?
完璧さの中にある脆弱さにある種の愛らしさすら覚えてきた。
どうやらこの世話の焼けすぎるスピーカーはお節介物にはあまりにも毒であったようだ。
世話を焼くと答えてくる。一生懸命鳴らしてあげようとすればするほど期待に応えてくれる。
そんなかわいらしさがあったように思えた。
事実、嫌いだと思っていたB&Wこんなにも世話を焼いて日々写真を撮ってあげて
じっとただただ向き合い続けたこの802Diamondが実は世界で一番好きな物になっていたのかも知れない。
嫌いの裏返しは無関心ではあるが好きへの気持ちは案外近づくようだ。
来る6月14日。引き上げの日。
14時で約束したその日はあまりのも特別な日になったかも知れない。
繰り返し言うように最後にかける曲はもう決めていた。
時間を逆算し14時に演奏が終わるようにCDプレイヤーの再生ボタンを押した。
四月は君の嘘 キラメキ 最終話ver
坂本真綾 こらから
ウィーンフィル カラヤン指揮 ラデツキー行進曲 、美しき青きドナウ
最後の最後、11分の美しき青きドナウはまるで時間が止まり永遠に旋律が続くかのように優雅にどこまで美しく演奏された。
演奏が終わると思わず立ち上がり、拍手を送ってしまった。
なぜウィーンフィルなのかと言えば、この802Diamondで最初にかけたCDがまさにそれだったからだ。
当時はエソテリックなどという高級CDプレイヤーでは無くDENONの中級モデルで鳴らしたと思う。
この2年802Diamondは飛躍的に音がよくなっていった。いや良くした。いろいろと失った物はあった気がするがB&Wをならしきった。そう感じた。
ここがゴールでもいい。もうこのままオーディオを辞めてもいい。エベレストの山頂に立ったかのような達成感がこみ上げてきた。
保証期間は5年なのに2年半程度しかつきあえなかったことがあまりにも残念な気がするがこの802Diamondとの日々は10年以上もあったかのような濃密なオーディオ時間であったと思う。
今日になって自分がどれほどまでにこのB&Wのスピーカーが好きだったのか思い知った。
完璧で無いけれどそのちょっとした個性のような欠点が実は長所だったようだ。
試聴もせずに一番印象深いからという理由で買われたそのスピーカーがこれほどまでに愛着がわくとは思いもしなかった。
できることならばずっと手元にでも置いておきたいがそれはあまりにも高く大きく重すぎた。
そして夢を叶えたあの日から2年4ヶ月と19日が経過した今日、802Diamondとの別れを告げた。
幸い中古としての販売が成されるので今後誰かの手に渡りまた5年10年と誰かを幸せにするのだろうと思いたい。
ありがとう802Diamond。さようなら。
2015年6月14日(日)