2019年12月のある日のことです。家が完成し、引っ越しよりも1週間早くオーディオ機材を新居のオーディオルームへ引っ越しさせた日のこと。半年以上にわたって徐々に完成へと向かっていくオーディオルームを見届けた最初の作業。人生で初めて完成したオーディオルームへ足を踏み入れた日のことです。

 今まで木材やら工具や脚立などが散乱した現場だったその場所は、扉やカーテンがが取り付けられ、照明の電源が入れられ、空調も入った、”オーディオルーム”になっていました。初めて入るオーディオルームの感覚は普通の部屋とは違う圧倒的な異世界感。廊下から部屋に入るとここだけ違う世界にいるようです。ずいぶん前に、オープンキャンパスで、大学実験室の無反響室と反響室に入ったことがありますが、部屋全体にくさび形のグラスウールの吸音材が敷き詰められ、床はワイヤーメッシュでつられている無反響室は、まるで宇宙空間にいるかのような浮遊感と音が点でのみ存在する3DCGのゲームの世界に入ったようでした。初めて入る実験室の感動よりも恐怖感の方が強かったのを覚えています。
 完成したオーディオルームは、その無反響室に少し似ている感じがしましたが、それとはまた違うものでした。その日、オーディオ機材が部屋に搬入されて、セッティングされていく様子を半日見守りました。オーディオで音楽を聴く前から、普通の部屋ではないその空気感に圧倒されつつ。時間が流れていることさえ忘れながら、どこにでもあってどこにでもないこの場所でただただスピーカーから音が出せるその瞬間を待ちます。
 圧倒的な静けさと反響の少なさ、時間が止まったかのような空気感。広い空間でありつつも包まれているような抱擁感と開放感が入り交じった不思議な感覚です。部屋の中にいるのに誰もいない外にいるようなちぐはぐな感覚、夢の中にいるようでした。
 この家はオーディオルームだけ特別仕様です。それは、軽く防音が施してあり、床材はここだけ無垢材を使ったり、天井高が3300mmあってさらに天井反板が全面に施工され、壁に吸音壁があり、壁の仕上げ材をビニールクロスから珪藻土にしたり、照明はダウンライトでありつつも全てハロゲン球だったり、造作の棚や衝立や框があったりと、他の普通の部屋にない特徴がいくつもあります。 これまで、親戚だったり母の友人だったり医療関係者だったり、十数名、他人をこの部屋に招いていますが、何れも部屋の異質さに圧倒されます。

 新しい部屋に脳がしびれていくような幻覚を見ているのではないかと感じながら、長いセッティング作業が終わり、この日の集大成とも言うべき、初めての音だしの時がやってきます。新しいオーディオルームの1曲目に何を流すか、建築が進む中で考えていました。結局YoutubeのコンテンツIDを考慮して、ジーナが歌う「You Raise Me Up」を選択しました。作業量の多さにFORMUSICのスタッフさんがバタバタとCDをかけると1回目の演奏会が始まるのでした。

 

※ここまでで1200字です。この記事は1万字を超えています。

あらすじ

iPodからオーディオを始めた筆者はついに夢のオーディオルームを手に入れます。しかし初めてのオーディオルームのでの体験は、奇妙なものでした。スピーカーで音楽を聴いていると言うよりヘッドホンで聴いている感覚に近かったのです。その3年後、とあるマニア同士のオフ会で、ヘッドホン界のAさんが、スピーカーで聴く音楽でもヘッドホンで聴くリスニング感覚に近いと言うのです。それを見て筆者は、実体験とAさんの感想を元に「ハイエンドスピーカーの音は突き詰めると、高級ヘッドホンの音に近づいていくのではないか」という仮説を立てます。しかし多くのオーディオマニアからの反発を招きました。オーディオルームで体験した音とは何だったのか?ヘッドホンとスピーカーの音はイコールで結ばれるのか?専用リスニングルームとはなんなのか?高級ヘッドホンとはなんなのか?突如出た「ジオメトリックサウンド」という概念の謎に迫ります。

 セッティングの調整が何もなされていないポン置きの状態では、低域が暴れ回っていましたが、そこを除けば、そこで感じたのは、スピーカーから音が出ているとは思えない”夢のような音楽体験”でした。しかし感覚には、どうにもこれまで、いかようにも体験してきたような感覚と違和感があります。当時の記録でも書き残してはいますが、「オーディオルームで聴く音楽とは、ヘッドホンで聴いている感覚に非常に近い。近いと言うより同じかもしれない。」オーディルームで聴く音楽がなぜこんなにもヘッドホンで聴いている感覚に近いのか疑問に思いつつも、その時はとりあえず、家が完成したことで頭がいっぱいでオーディオの細かいことを考えている隙はありませんでした。

 それから数年が経過した去年のある日のことです。ヘッドホン専のAさんと、マンションでハイエンドオーディオを楽しまれているハイエンダーのBさんのお宅で、異質なオーディオオフ会が開かれているのでした。そこでのAさんのブログレポートで、Bさんのスピーカーの音について以下のような感想が書かれていました。

「ヘッドホンで普段聴いている時の感覚でそのまますっと自然に聴けてしまう」音でした。

このとき、改めて、オーディオルームで体験した、スピーカーで聴いているのにヘッドホンで聴いているかのような違和感を思い出すのでした。その記事を読んだ後、Aさんと旧TwitterのDMでしばらくその話をしていたのでした。タイムラインの表でこの話を持ち出すと、多くのオーディオマニアがそれはないと全体では否定的な意見が多く見られましたが、一部、かなり深く共感してくれる人が数名いらっしゃって、この案件はさらに、混乱してしまうのでした。

 それからこの話が二転三転して、「ハイエンドオーディオ=ハイエンドヘッドホン説」から1周年の今日、冷静にオーディオルームに引っ越したときのことを分析したいと思います。長く可書きましたがここからがようやく本題です。w

オーディオルーム×ハイエンドオーディオとヘッドホンの共通点

まず大前提として、以前発言した「ハイエンドオーディオは突き詰めると、高級ヘッドホンと同じ音になるのでは?」これは圧倒的に”ことば”が足りていないです。スピーカーの音がヘッドホンにイコールで結びつくかではなく、ここでの本題は「初めてのオーディオルームで感じたヘッドホンで聴いているかのような感覚」についてです。実際の違いと起きていたことを解説しようと思います。

1.静かだったこと

 防音室であり、調音、吸音がしっかりとなされていたオーディオルームは、普通の部屋よりも圧倒的に静かです。これは普段撮影している動画でもS/Nの高さが感じられると思います。これは端的に言えば、密閉ヘッドホンやイヤホンをしたときの周りの音が聞こえなくなるもしくは薄くなる感覚と同じです。物理的に耳に入るノイズが減っています。オーディオルームに入った瞬間、周囲の世界と遮蔽されてヘッドホンを装着しているみたいだという感覚です。

2.静かであり空間に音楽のみの存在したこと

 これは説明がやや難しいですが、ヘッドホンで音楽を聴くと、入ってくる音の99.9%は録音された音楽そのものになります。それと同じく、オーディオルームでは頭に入ってくる情報が純粋な音楽だけでした。これは、物理的に、床が強固に作られていて、今までのリビングでは大きな音でスピーカーを鳴らすと床がビリビリと振動しますが、オーディオルームでは壁も床もほとんど振動せず、ただただ音が耳へ届けられるだけです。床のびびりがないだけで爆音で音楽を流しているのに、音楽が存在していないような感覚にすらなります。皮膚感覚などもありますが、一般居室との大きな違いとして、余計な音や身体的情報が入ってこない感じが、ヘッドホンで聴いている感じにかなり近いです。部屋のS/N高さが、純粋に発生体から耳までに余計な障害物のないヘッドホンで聴いているみたいな感覚にさせられます。
 加えて、物理ノイズを出す冷蔵庫や共振してしまう間仕切り壁だったり空調設備など”オーディオにとって邪魔になってしまうモノ”が部屋にないことが、音楽のSN感を一層高めています。

3.左右対称であること

 ヘッドホンは通常、非常に左右の均整が整っています。これはスピーカーでも同じではと思いますが、一般居室では、どうしても天井の形状から壁材から柱からどこまでも左右差があり左右のスピーカーから発せられる音の質が左右対称ではありません。これが、オーディオルームでは、驚くほどに音がシンメトリーなのです。スピーカーと部屋の絶対的なシンメトリー、これは専用に作られたオーディオルームでしか達成できません。が、逆を言えばヘッドホンやイヤホンなら当たり前にどれもほぼ完全なシンメトリーです。これは左右の音の大きさ左右のF特の違いもそうですが、左右の音の温度感や質感すらも統一されて整っているのです。

4.音が整っていること

 部屋を設計したFORMUSICの社長曰く、このオーディオルームは最も周波数特性が良いとのことです。音響に関しては、私から口出しせずに、リスニングボリュームのみを伝えて、全てを社長に任せました。またオーディオルームの構造については、制限をなくし社長の理想型の部屋を目指しています。そのため、ちょっと見ただけでも他のFORMUSICの作品にない吸音壁や天井全面に貼られた反射板などが見受けられます。
 通常部屋を左右対称にすることはステレオ再生の大前提ですが、最終的な特性の良さはそれだけでは得られないようです。
しかしながら、ヘッドホンならそんな大がかりすぎることをすることもなく、装着して音楽を流すだけで、外的要因による歪みのない設計通りの音が出ます。スピーカーの場合、部屋の影響をもろに受けるのでスピーカーから発せられる音がどれほどまでに優秀であっても部屋で反響した瞬間に特性だったり質感に”部屋の音”が混入します。

 

 特に、私の環境では、スピーカーで音楽を聴くとき、直接音をできるだけ避け間接音をメインに聴いています。そのために、リスニングポイントはスピーカーから遠めですし、スピーカーもかなり内振りにしています。そうして聴いていると、これまでのリビングでは部屋の弱い石膏ボードや床の反響音を聞いていたわけですから、一般的なオーディオのセッティングよりも音が悪くなりやすいです。逆に、オーディオルームのように壁も天井も床も全てがオーディオ用に整った室内の音では、より一層整った音だと感じやすくなったわけです。

疑. ハイエンドオーディオを煮詰めていくと高級ヘッドホンのリスニング感覚に限りなく近づいていくのか?

 ここで「ハイエンドオーディオを煮詰めていくと高級ヘッドホンのリスニング感覚に限りなく近づいていくのか?」についてですが、ヘッドホンとスピーカーというかなり似ているようで違うそれは、一般的には、違うモノです。しかしながら、いい音で純粋な音楽を楽しむという目的の上では、最終的なゴールは同一線上に存在してると感じます。それぞれに道は違えど、方向性は同じはずです。

 ヘッドホンとスピーカーが実は同一線上(ユークリッド3次元空間上)にあると仮定した場合、スピーカーのセッティングの基本はヘッドホン的なリスニング感を目指すことがまず第一であるかもしれません。それは、フロアノイズの低さ、部屋の反響と共振の排除、S/Nの高さ、周波数特性に変なピークやディップができないできるだけフラットな特性や、左右の均整がとれて、音楽が中央に定位するといったことです。つまり真の「Only The Music」の状態です。スピーカーでのリスニングがもしヘッドホンぽく聞こえるなら、それは、非常にレベルの高いオーディオであると言えるかもしれません。部屋の扉や天井材などが強固もしくは、もろい部分での一時反射が避けられていたり対策されているなどの反射の質のによる、音の純度の高さなども挙げられるでしょう。

 私の環境では、以前の一般居室では為しえなかった”多角的な整った音”が、オーディオルームというあまりにもコスパの悪い装置を下に実現されました、気づいてみたらその音は、ずいぶん前に高級ヘッドホンという形で一度体験していたのです。ヘッドホンのように”整った音”は、非常にレベルの高いオーディオ機器や異次元の使いこなしにより、専用設計のオーディオルームでなくても、どうにもマンションのリビングでもそれは可能のようです。他のマニアのお宅でのオーディオ体験をしたことはないのでなんとも言えませんが、お部屋選びから機材の選択、部屋の使い方、冷蔵庫選びまで徹底したオーディオ的対策により専用オーディオルームでなくてもヘッドホンで聴いているかのような整った音は実現できるかもしれません。

ジオメトリックサウンド

 これをまとめて、「ジオメトリックサウンド」と名付けました。
幾何学的な音ってなんだと思うかもしれませんが、まず数学的なグラフの均整と、シンメトリーの意味を込めています。
「突き詰めたハイエンドスピーカーの音は、高級ヘッドホンのリスニング感覚に近くなる」では、長いですし、なにか嫌味にとられてしまうので、あえて造語として新しい概念、ことばを考えました。
スピーカーを導入したら、左右の均整とS/Nの高さ定位の良さ特性の良さを兼ね揃えたヘッドホンを軸とした音「ジオメトリックサウンド」を目指すとしてみてはいかがという一つの提案です。しかしながら、ヘッドホンは長らく、様々なメーカーや研究者がスピーカーのように自然に聞こえるような音を目指して改良されてきた歴史があります。ジオメトリックサウンドこの概念は、高級イヤホンからオーディオ趣味に入ったから感じた逆転現象かもしれません。古くからのオーディオマニアからしたらそれ、逆じゃないかと感じられるかもしれませんね。
 そういう意味では、現代のハイエンドヘッドホンは、従来の防音室を備えたハイエンドシステムを小型化したスマホのような発明品であるかもしれないのです。極端に言えば、ヘッドホンとは持ち歩けるリスニングルームであり、現代に即した究極の音響装置と捉えることができるかもしれません。古くからあることばを借りればこれが”原音再生”とも言えましょう。 規模も価格も苦労も何倍も違うリスニングルームの原音再生が、ヘッドホン一つでいとも容易く達成できるといったら、確かに超一流オーディオオタクが嫉妬し憤怒するのも分かります。それでも、リスニングルームでのトータルでの負担や苦労を考えたときに、コンパクトで効率の良いヘッドホンのメリットは意外に大きく注目すべきではないかと思います。スピーカーの世界ではただただ原音再生と言えばよかった概念もヘッドホンからの角度から見たら、造語を作らざるを得なくなるくらい複雑なものでした。ジオメトリックサウンドとはつまり、スピーカーでのリスニングをヘッドホンでの体験をベースに分析したときの原音再生を指すと思われます。つまり”存在しないかもしれない原音”により近いのはヘッドホンであり、それは、リスニングルームに限りなく近い存在です。

 新しく作ったオーディオルームのリスニング感覚はかなりヘッドホンのリスニング感覚に近いと感じてしまったし、その後もこの話が発展してしまったので書くだけ書いてみました。 スマホの発明で様々なモノや文化が変容したように、実は「ハイエンドヘッドホンの存在は、据え置きオーディオの存在価値そのものを揺るがすiPhone並の発明だったのかもしれない」という見識です。ヘッドホンの音がスピーカーの音とイコールで結びつけられる不思議な話でした。この話には実はまだ続きがあります。今回は、ジオメトリックサウンド物理現象編でした。次回、ジオメトリックサウド アセンション編で。

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