あの大統領選から、Googleの画像検索でトランプと検索すると、99%トランプしかでてこない、そんな世の中になりましたが、マジック界では、トランプことデックの世界にも大きな動きが起きています。
世界最大のトランプメーカーUSPC社が工場を移転させたのが2009年。それから10年以上の時が経った今、神話のように語られるOHIO製バイシクル神話の誕生、KY製バイシクルの絶望的な品質低下がありました。その上、工場移転より少し前にUSPC社がマジシャン向けのデック製作はしないと宣言したのです。
USPC社の最大の顧客はカジノであり、次に世界の一般市民です。紙製トランプを使い捨てているマジシャンでも、全体のシェアでいったら数%にすぎないです。マジシャンがBicycleを使っているから、Bicycleがマジック用のトランプとして愛用されているのではなく、世界規模でありふれたトランプであるからこそBicycleはマジシャンが愛用しても怪しくないトランプなのです。故に、Bicycleはマジシャンだけのものではなかったのです。

絶対王者のBicycleですが、アバウトの国アメリカ、実は品質が元からあまりよろしくありません。そして年代によって仕様が異なります。USPC社では細かいデータについては公表していません。推測では、社内でも細かい仕様やマイナーチェンジなど記録していないのではないかと思います。これまでにUSPC社で生産された歴史的トランプの多くは、世界のトランプマニアや収集家の雄志によってその情報が整理されており、今もなお謎が多いのが現状です。

KYへの工場移転によって多くのマジシャンが、Bicycleがとにかく使い物にならなくなったと感じています。しかし過去にも、80年代には環境破壊に繋がる薬品が使えなくなり、表面のコーティング剤やインクが変更され、滑らなくなったり、90年代にはプレス方向かわりファローの向きが変わったりしています。外にも、紙が変わり柔らかくなりすぎたり、USPC社のトランプはその年代によって仕様は大きく異なります。
私は、2005年頃からマジックを始めたため、OHIO末期の滑りが良く薄く柔らかいデックになれています。しかしそれ以前のマニアには、そのデックでさえも当時から、滑りすぎる、柔らかすぎる、など不満が散見されました。もうその頃から、マイナーチェンジ以前の滑りすぎないロットを大切に使うようなマニアは普通に存在していました。マジシャンはダースやグロスでトランプを買うのでアマチュアマジシャンではある程度のストックを確保すれば10年程度は同じロットのトランプを使い続けられます。

2000年以前から、品質やマイナーチェンジの問題を抱えていたUSPC社製のトランプですが、マジシャンへ大打撃を与えたのは、やはりケンタッキー州への移転でした。いわゆるKY製バイシクルです。これは今までのマイナーチェンジとは比べものにならないくらいの大きなアップデートでした。
一つは、ブランドの顔だった箱デザインの変更、もう一つは、環境への取り組みです。パッケージデザインが「ライダーバック」のシンプルなものから「スタンダード」のfreeAppのバッチやデザインにマッチしない広告など、マジシャン目線でも都合が悪いだけでなく、デザインが非常に煩くダサくなっています。もう一つの環境への配慮ですがこれが、KY製最大の特徴でありBicycleの品質が大きく低下した最大の要因といっていいでしょう。アメリカ連邦環境保護庁により、紙は必ず一定割合以上のリサイクルペーパーが使うことが義務づけられ、インク植物由来の環境に優しい顔料、エアクッションフィニッシュに使われるコーティング剤や紙を貼り合わせている糊もまた石油から植物由来の環境に優しい、おそらくトウモロコシ由来の天然素材へと変わりました。そうして、21世紀の環境保護をうたうエコロジーなトランプに生まれ変わるはずでした。
現実は、印刷の発色が悪く、固くコシが無いのにすぐにふにゃふにゃになる、エッジはガサガサでファローが入らない、糊が汗や水分で滲んでべたべたになりすぐ滑らなくなる、USPC社史上、最悪のトランプが出来たのでした。今言われているOHIOが最高という話は、OHIO製トランプが特別高品質なわけではなく、KY製初期のトランプがあまりに質が酷かったのです。最近では多くの人が感じているとは思いますが、KY製でも改良が進み質の良いトランプあります。

KY製バイシクル スタンダード

その煽りを受けて、マンドリンバックやフェニックス、メイデンバックなど、マジシャンによるマジシャンのためのトランプを製作するような流れが出てきました。
【常用デック】低品質KY製バイスクルの代わりになりそうなトランプを比較レビュー

クラウドファンディングで作られた日本人発のデック「PlayFair」に秘められた大きな可能性?

マジック界に大きな混乱を招いたUSPC社の品質管理や企業体質、KY製バイシクルですが、その煽りで登場した、Bicycle GoldStandardやエリートエディション、シュプリームなどの登場からさらに、オリジナルトランプ市場は活性化され、独自のトランプ文化が芽生えてきたように思います。特に近年、日本人の間でも手軽に、オリジナルデックを製作するノウハウが整ってきたように感じます。
日本人クラウドファインディング一号の「PlayFair」を発端に、アイデアルデックや最近ではストレートデック、ポッシブルデックなど、Bicycleの品質に左右されないマジシャンのための新しいトランプが続々誕生しています。

オリジナルでのデック製作が増えたきっかけは間違いなくUSPC社の失墜にあると思いますが、それ以外では、台湾製や中国製トランプの技術向上、マジシャンの多様化と、マジックの技術的熟成度の向上による品質への追究などが上げられると思います。
近年のマジック界の情報共有の活性化により、技法が高度化し、シビアで繊細な動きを要求されるようになったと思います。それに追随して使用する道具であるトランプの質も相乗的に重要視されるようになったと感じます。

TWPC 台湾製

私は、Bicycle Gold Standard (通称ゴルスタ)に出会ってから、品質が右往左往するKY製を使うならこれ一択でずっと使っってやろうと思っています。しかしその中で台湾製や中国製デックの質が日進月歩で進化しています。世界的な物価上昇と日本のデフレ状態から、相対的に海外製トランプの値段は上がりつづけています。加えて、紙をクラッシュドストックやプレミアムストックなど高級なものを使ったり、ほかにも、多色刷りやメタリックインクや箔押しなど、コストがかかったデックが沢山登場するようになりました。
00年代後期には600~800円で売られていたTheory11のトランプも今では1200~1800円します。発売当初エースフルトンズのデックは一個700円で買えましたし、モナークスも安いところでは一個700円程度でした。
ゴルスタが登場した当時では、Bicycle柄のカードに650円か?みたいな雰囲気がありましたが、今では相対的に非常に持ちが良く使いやすい上にコスパの良いトランプになっています。

Aceフルトンズカジノ モナークス Player's

付箋に当時買った値段が書いてある。

一昨年、USPC社がカルタムンディに買収されたり、去年は50万個生産されたゴルスタが店頭在庫限りとなりました。私はゴルスタを48ダースほど買い込んでしまいましたが、5年以内にはゴルスタ以上の使い勝手と同等の価格のデックが出てくるのではないかと推測しています。ただ物価上昇で同じ質でも650円では買えないかも知れません。
また、コロナの煽りを受けてカジノホテルが相次いで倒産に追い込まれているようで、日本でもIR計画は非常に先行きが暗いです。トランプ製造の大手顧客であるカジノにダメージがあればUSPC社もただではいられないでしょう。100年以上の歴史と圧倒的シェアを誇るUSPC社があっさりとカルタムンディ社に買収されたのは衝撃でした。最近では、個人的にあのUSPC社も10年以内に会社が傾くかなにか起きるのではないかと思ってしまいます。

マジック業界では、KY製バイシクルによるトランプ騒動から、新デック覇権争いが10年以上続いています。最初にBicycleのシェアを奪おうとしたのは、エンパイアキーパーであるように思います。しかし、色移りが激しかったり化学薬品的な匂いがきつかったりと、YoutubeやTwitter上を見る限り今も常用している人は見かけません。安定した品質と価格、なによりマジシャン目線の本当に使いやすいデックは一体何なのか、新しいデックの乱立とBicycleの質の不安定さから、いろいろ買って試して研究していかないと良いものへ辿りつけない様な状況になっています。とりあえず現状では、500円で買い集めたゴルスタがおそらくもっとも使い心地が良く耐久性もデザインも申し分ありません。しかしもうすでに、市場から姿を消し始めており新規での購入が難しくなっています。

「Bicycleの質が最適ではない」ということは多くのマジシャンの中では常識になっていると思います。しかし、Bicycleのスタンダードでなかったら、何が良いのか?多くのカードマジックやカーディストリーから疑問視されているところです。しばらく前までは、ゴルスタが最良と言い切れましたが、もう在庫がないです。これからはどうしたらいいのでしょうか?
ぶっちゃけていってしまうと、現在2020年製のBicycleを触る限りではほとんどの人がこの現行KY製 Bicycleで事が足りるように思います。KY製Bicycleの質が著しく酷かったのは2015年頃までのようです。なにより、もうKY製から10年も経ちましたら、多くの人がこれに慣れたと言っても良いでしょう。

KY工場移転時はまだブログの時代であり、Bicycleや他のマイナーデックでも品質のまとまった情報は検索すればすぐに分かりました。突然の劇的な品質低下に驚き多くのマジシャンが嘆いていました。ネットに数多く残るKYの悲劇的な意見の数々…それが逆に、OHIO神話を生んでしまったような気がします。その頃、トランプそのものの値段も安く種類も少なく比較が容易でした。しかし今、あまりに多くのカードが存在し、多くの人がTwitterやインスタグラムにて情報を発信しており、どんなに素晴らしいレビューも140字に圧縮されすぐに流れていき、検索にも出てこず、得たい情報がうまく得られなくなっています。
ある意味で、マジシャン同士のネットワークも、販売されるトランプも年増にカオスさを増しています。初級者から中級者を中心にちょっといいトランプを使いたい、となったときに何を頼りに情報を得て、なにを使えば良いのか分からなくなってしまっています。もう一度書きますが、基本は”スタンダードバイシクル”で十分です。しかしプッシュオフやエスティメーション、パーフェクトファローのような繊細な高度技法を密に行ったり、トランプの質に拘り出すとやはりスタンダードでは物足りないのです。逆に言えば、今現在スタンダードバイシクルよりも質が良くニーズに適した多種多様なトランプがあるわけです。それはコストだったりギャフカードの充実や入手性など驚くほど多様化しました。しかしそこに辿り着くまでがあまりにも複雑で大変になっていまいました。

今こそ、冷静になってマジシャン同士、まとまってカードの質について徹底的に再確認するときではないのかと思うのです。

まとめ
1.USPC社の体質とOHIO製KY製の品質の落差は確かに激しかった
2.新たな”スタンダードデック”の乱立
3.ネット情報カオス時代の情報難

結局トランプは何を使えば良いのか?自分にあったカードは何なのか?STANDARDで本当にいいのか?
BicycleのKYスタンダードはまだ世界的にもマジシャン界隈でも安定だけど、USPC社がそもそもなんか怪しい?

Bicycle STANDARD 1ダース 青6個赤6個