初夏が始まりエアコンがないと過ごせない季節になってきました。異常気象が目立つようになってきて2月に夏日を記録したり、梅雨前に真夏日を記録するなど天候の安定している時期が少なくなっています。日本の経済も激しい円安と物価高騰が続き、先行きの暗い不安な毎日を過ごしています。
 そんなこともあってか、今年現在持っているオーディオ機材を縮小していくことを決めました。どこまでコンパクトかつシンプルにまとめられるかは分かりませんが、その第一弾としてモノラルパワーアンプを手放すことにしました。PASSのX260.5です。このアンプは2014年にFORMUSICでメーカーデモ品を購入しており、約10年に渡ってオーディオ、そして音楽を楽しませてくれました。60WまでA級動作するアナログアンプのため、毎時400Wの電気を喰い、そして強烈に発熱します。天板は50℃を超えるほどに熱くなります。冬場は補助暖房として使えるので、床暖房のパワーを弱められますが暑くなってくるとエアコンをかけないと部屋が暑すぎて音楽鑑賞どころではありません。そのため、電気代の節約もかねて夏場は小型デジタルアンプに切り替えて使っていました。はじめの頃は、5月下旬まではPASSの激熱アンプで鳴らしていたものの、今年は3月頃から暑すぎて電源を入れられない日が多く、5月に入ると電源を入れたのは2日ほどしかありませんでした。オーディオの縮小と合わせて、一年を通して使える軽量小型で発熱が少ないアンプに買い変えようと先月発注し、先日納品作業を行いました。

新しいアンプの納品で起きたこと感じたこと

 その納品での出来事です。PASSのアンプはペアで70KGほどある物量アンプであり、モノラルパワーアンプからステレオアンプに変更するため、現在使っている1mのスピーカーケーブルを交換する必要があります。現在メインで使用しているGIYAは、スピーカーケーブル端子が底面に付いているためケーブルの交換は二人以上で作業する必要があります。今回の納品は、大型アンプの引き上げとケーブルの交換があるため、スタッフさんが2人以上来てくれると思っていたのですが、当日訪れたのは、いつものIさんただ一人でした。私は思わず、一人で大丈夫なのですか!と聴くと、他のスタッフは、新居オーディオルームのインストール作業で出払っていると言います。ギリギリIさんだけは手が空いていて来られたのだと。新居はもうすぐ引き渡しですかと聴くと、もう引き渡しは終わっていて配線などの細かい作業が大量にあると言います。その後、Iさん一人で二階からアンプを降ろした後、渋々私がスピーカーを傾けながらケーブル交換作業を進めるのでした。GIYAは樹脂でできていますが見た目よりも重いです。新しいアンプにつなげた頃には私はエネルギー切れ。楽しみに待っていた新しいアンプの納品作業は思ったよりしんどい日になりました。

 新しくオーディオルームをインストールした方のXをちらっと覗くと、FORMUSICの部屋では、過去最大規模のあまりにも立派な部屋ができあがっていました。そして、スタッフ総出でオーディオのセッティングをしている様子が見られました。冬にFORMUSICの店頭へちらっと遊びに行ったとき、偶然社長に出会いました、これまでで最もげっそりした社長の姿に、心配してしまうほどでしたが、どうやらこのお部屋の全力投球されていたようです。店頭には、数日前に買い取ったであろうTADのR1が鎮座していました。これ(TAD)も運ぶの大変だったでしょう…?というと、Iさんいわく、オーディオの運搬作業は、人手がかなり足りておらず、もう数人手伝いが欲しいと言います。それでも、オーディオショップスタッフの火事場の馬鹿力でどんなに重い製品も絶対に落とさない傷つけないとほぼ気合いで運んでいると言います。

ウルトラハイエンド~スーパーハイエンドの巨大化

 この頃の、スーパーハイエンドオーディオは、とにかく巨大で重い製品が増えてきました。今年発表された、VIVID AUDIOのMOYA M1もまたシリーズ最大級の大きさで、搬入時には重量340kg以上の本体が、6つの箱に分割されて届きます。木箱に分割されているといえども箱の重さは一つ60kgあるようです。MAGICOのMシリーズも次々と上位モデルが発表され最上位モデルのM9では高さが2mを超え、総重量は454kgです。パワーアンプやアナログレコードプレイヤーも巨大化が起きており、テクダスのエアフォースシリーズや、ダンダゴスティーノのリファレンスシリーズなどももはや一般居室に入るレベルを超えています。価格もスペックもオーディオマニアが引くくらいの数字です。こんな高額なオーディオは一体誰が買うのか、そこまでのオーディオが必要なのかもはや疑問ではありますが…。マジコのM9もテクダスのエアフォースゼロも日本で買うマニアは僅かながら存在します。

ハイエンドオーディオの終わりは人手不足から始まる?

 そういえば、私のオーディオルームの引っ越しの日も、人手が足りず本来3人か4人で作業するはずが2人での作業になりまいた。オーディオショウの設営を彷彿とさせるのそセッティング風景に、オーディオショップという仕事がどれほど重労働なのか思い知らされました。今回のアンプ納品も現場の労働基準法から見ても、二人以上で行う作業です。さらに言うと、今回オーディオルームをインストールされた方のシステムや部屋でも、明らかにFORMUSICのスタッフを総動員しても頭数が足りていると思えません。YGの4タワーの上位モデルが鎮座したオーディオルームや、ウィルソンを使用した別室のマルチチャンネルシアターといった夢のようなシステムですが、明らかに5人で作業できる物量ではないと感じます。ウィルソンもYGも、分割して運ぶことができますが、分割しても一つのパーツがあまりにも重すぎます。さらには天井高が非常に高いために室内での高所作業もあります。
 現在日本では深刻な人材不足が懸念されています。医療やトラックドライバーなどエッセンシャルワーカーですら人が足りていませんが、オーディオ業界はさらに深刻であると思います。人材が割と豊富な関東周辺では話が変わりそうですが、地方の小さなオーディオショップは危機的状況です。まずスタッフが高齢化しており人数も少なく、もうすでに腰をやられているスタッフが多いです。今回の大規模オーディオルームのインストール作業では、「とにかくもっと人手が欲しい」、「しんどすぎる」と嘆いていました。
 今後もしかすると、特に地方ではお金をどんなに出しても、アルミ削り出しの巨大アンプやや巨大スピーカーなど、物量投入されたウルトラハイエンドオーディオは取り扱うことが物理的に不可能になる日は近いかもしれません。現状でも、搬入すらギリギリの状況で、代理店のスタッフの応援なども呼びながらスピーカーの運搬やセッティングを行っているのです。超高級オーディオの納品にメーカーや代理店のスタッフが視察に来る理由は人手が足りないことが一つの要因になっていると思われます。
 さらには、ハイエンドオーディオ特有の取り扱いの特殊さが大きな壁になっていると感じます。適当なピアノ運搬業者や派遣会社から人材を補填することはできますが、ハイエンドオーディオは取り扱えるとは思えません。加えて、納品したあとも、面倒を見てくれるショップがなくなる危険性すらあります。修理できる人すらいなくなるかもしれません。ハイエンドオーディオは箱から出してセッティングするだけでも知識と経験が必要な事が多いです。パワードスーツなどの力だけでは解決できない要素は多分にあります。将来的に、ハイエンドオーディオが物理的に買い取りできない、遺されたオーディオシステムが移動できない、海外にすら輸送できないといったトラブルも想像に容易いです。我が家は2Fにオーディオルームを作りましたので、そういう面からもオーディオを縮小することはほぼマストかもしれません。私自身も身体が弱いので、ちょっとセッティングを変えるだけでも大変です。

さらにはそのハイエンドオーディオを置いて鳴らすための部屋を作ることも困難になりつつあります。ハイエンドオーディオでは、部屋から作ることが望ましいです。部屋が大きくなければ話になりませんし、床の強度も一般居室程度では全く足りません。少しの田舎であっても防音にもかなりの物量が必要です。建築業界は以前から人手不足と高齢化が問題視されていましたが、私の家を建てた大工さんのチームは平均年齢が60歳を超えてしまっていました。オーディオルームに必要な防音や調音の資材もまた量がとんでもなく多い上に重いのです。防音に使うスーパーボード一枚でも普通の石膏ボードより重く硬く加工から施工まで全て大変ですが、S防音ではそれを3枚重ね張りします。さらには、防音室特有の猛暑の密室空間での作業もあったりします。物価高騰も相まってもうじき、今のクオリティでの防音や設えができなくなる日も近いと思われます。

ハイエンドオーディオはもはやだれも手に入れられない日が来る

世界経済の混乱と、日本の国力の衰退、超高齢社会。オーディオマニアの平均年齢も上がり続けていますが、オーディオを提供する側の年齢も上がっており人材が足りず、これまで通りのオーディオを行うことが今後、資金面でも、物理的にも不可能になってきていると思います。技術の継承もされず、ユーザーも減り高齢化し続け、衰退の一途をたどっているオーディオ業界ですが、あまりに高すぎて買えないないハイエンドオーディオが、大金を積んでもまともに手に入らない状況が来るかもしれません。ハイエンドオーディオはもはやオーディオではないと感じるオーディオマニアはしばらく前から見受けられました。ハイエンドオーディオはF1カーや宇宙産業のようなロマンが詰まった夢の製品群であるとは思う私も、近年のウルトラハイエンド製品は、日本での現状を見ていると、ワクワク感よりも目を背けたくなるような気分になります。今年発表されたVIVID AUDIOのMOYA M1はただデカイだけで革新的なアイディや目を引くような技術はなく肩透かし感が大きかったです。もしM1をこの新潟で納品するとなると、ステラゼファンのスタッフさん3人は応援で集まるかなと思います。そんな納品作業を見ていると、喜びよりも、怒りにもにた失望感のような感情がわき上がってきそうです。オーディオショウにしてもオーディオルームの建築やインストールにしても現場の職人さんやスタッフさんは写真を通してみてもあまりにも”しんどそう”なのです。従来通りの物量投入された豪華絢爛なオーディオルームやハイエンド製品は後、何年楽しめるでしょうか?もうすでに宝くじが当たっても買えないレベルのオーディオ製品群は、夢のまた夢、幻想、日本のオーディオショウですら見ることができなくなりそうです。

 この状況は一体誰のせいなのか?どうにかなるのか?その怒りに失望感は一体どこに向けられたものなのか?新しいアンプの納品から、ただ沈みゆく船を見ているような気分になるのでした。
 デジタル技術が革命的な進化をして、脳に直接信号を流しこめるくらいになるまで今の抑圧された社会状況は続くような気がします。先日日本でも発売が発表されたVision Proがその先陣になるといいなと。