今年の12月で、新居にお引越ししてから早4年が経過します。私の生活の半分はオーディオルームで過ごしておりますので、実質的には2年間をオーディオルームで過ごしたことになります。引越し前の設計段階で想像していたオーディオルーム(=防音室&音楽室)と、実際に3年以上の間住んでみて感じたことをまとめてみたいと思います。これ以上時間が経つと、以前普通の家に住んでいた時の記憶が薄れてしまうかもしれませんのでとりあえずまとめることにしました。
インターネット上では、オーディオルームを所有している方々はそこそこ存在が確認できますが、その部屋で24時間ずっと過ごしている方は非常に稀です。一般的に、人々は働いており、そうでなくとも自宅にずっと引きこもることは通常まずありません。また音響工学的な記事は少しばかりありますが、実際に住んでいる人の感想のようなものはほとんど見受けられません。そういう意味で、オーディオルームという空間で生活し続けるとどうなるのか、私の経験を簡単に記録することにしました。

これまでの簡単な経緯と紹介

令和元年に、新潟のオーディオショップ、FORMUSIC COMPANY様より一軒家を新築し、その中にオーディオルームを設けました。重度のASD(自閉症スペクトラム障害)、CFS(慢性疲労症候群)、難病を抱えており、ひきこもり状態で毎日をオーディオルームで過ごしています。1日の楽しみは、音楽を聴くことです。ひきこもり生活は既に16年を超えています。この家はオーディオグレードですが、実質的には介護医療グレードの施設を作ることを目指して建設されました。

フォーミュージックカンパニー
https://www.formusic.jp/

 

オーディオルームの設計にあたり、私が特に懸念していた二つの点

オーディオルームとは、その名の通り、オーディオシステムを設置し、音楽や映画を楽しむための専用の空間であり、一般的なリビングや寝室、子供部屋とは異なる性質を持っています。具体的には、防音が施されており、部屋は広く、天井も高く設計されています。また、ステレオに合わせて左右対称に作られており、見た目は祭壇や教会などのイメージに近いです。
新築時には、オーディオルームを作ることを前提として一軒家の設計とデザインを行いました。この際、最も重視したのは居心地の良さでした。一般的に、オーディオルームというと薄暗く、静かで広々としたイメージがあります。これはインターネットや雑誌で見るオーディオルームの印象そのものです。しかし、防音室やオーディオルームを実際に体験する機会があったのは、大学研究室の無反響室や反響室、耳鼻科の防音検査室、学校の視聴覚室などが思い浮かびます。特に印象的だったのは大学研究室の無反響室での体験でした。その時点ではiPodで音楽を聴く程度で、オーディオに詳しくはありませんでしたが、ノイズがなく反響もないグラスウールに囲まれた世界はまるで3DCGの中や宇宙空間に放り出されたようなまったく感じたことのない感覚でした。現実感がなく非日常的な空間であり、耳も普段とは違う妙な違和感を感じました。
また、ネット上で多くのオーディオルームでの体験談を見聞きすると、防音室では違和感が強いという話をよく聞きます。特に有名な話として長岡鉄男氏の「方舟」があると思います。完全防音された無音空間での違和感を消すために背後で川のせせらぎや森の音など環境音を小さく流しながら音楽を視聴する試行錯誤をしていたと聞きました。
また、オーディオルームと言えば音質だけでなくそのデザインや見た目も特殊になってきます。地下に部屋を作ったり、コスト削減と防音力向上のため窓を最小限にしたりまたは完全になくしたりすることで自然光が少ない環境が多くなります。また50歳~70歳が多いオーディオルーム利用者の嗜好からか全体的に落ち着いたシックなデザインが施されることが多いです。加えてシアター環境を併設するためにカーペットを敷いたり黒いカーテンを引いたり部屋そのものがダークブラウンや真っ黒だったりします。
オーディオルームを所有している多くの人々が、定年退職後だったり、お金持ちの別荘で週末を過ごす趣味部屋としてオーディオルームとして利用していますが、私の場合は24時間365日ほぼ全ての時間を自宅で療養しながら過ごすため、一般的な感覚でオーディオルームを設計すると失敗すると感じました。そのため、オーディオルームとしては異例の、ポップで軽い印象の明るく防音しすぎないある程度普通の部屋を目指しました。

実際の仕様について簡単に

防音レベルは最低限でA防音以下で、高気密住宅に軽く防音を施したD30程度となっております。これは、スピーカーをピーク100dBの大音量で鳴らすと、道路上でメロディーラインまである程度聞こえるレベルの防音だと考えられます。窓はペアガラスの滑り出し窓を使用しており、ドアはダイケン製のA防音扉を採用しています。床にはダイケン製の防音マット9mmが全面に敷かれており、壁については防音用の硬質石膏ボードが2重(一部では3重)に貼られています。窓や扉、梁、柱、電線などの穴や隙間には全てダイケン製の防音パテ(通称:粘土)が充填されています。
広さや寸法については、天井と床面積だけは一般的なオーディオルームと同様に設計されています。2階に設けたため、天井は屋根に沿って高く設けられ、ホールのような雰囲気を持っています。広さとしては、PCデスクを置いて書斎として使用しつつも、その前にソファーを設置し、ゆったりと休息を取ることができます。さらには、ソファーとスピーカーの間の空間ではストレッチや体操ができるくらいの余裕を持たせています。
窓は3カ所設けられており、自然光を可能な限り取り入れることを心掛けました。スピーカーの奥側には大きな出窓が1枚あり、現在は内窓を追加しガラス4枚空気層3層の仕様になっています。スピーカー側を向いた右側に中程度のサイズの滑り出し窓を2枚取り付けています。ここが最も音が入ってくる場所であり、漏れやすい箇所だと思われます。右の窓の上には24時間換気のために窓の上部にダイケン製の防音換気扇が2台設置されています。
壁の仕上げ材としてはオフホワイト色の珪藻土を使用しました。床材はスピーカーを置く面ではダンスフロア用の固い無塗装チーク材を使用し、居住空間では明るめのカバザクラ材を使用しました。床材が2種類使われているのは、ガス式の床暖房を使うために高温に耐える無垢フローリング材がほとんどなかったためです。冷暖房については夏季は200Vエアコンを使用し、冬季はガス式床暖房を使用しています。
照明は、ハロゲン球が14個、吊り下げ照明が2つ、14cmの上がりにある段差に映画館のような間接照明が2つ付いています。

実際に住んでみての率直な感想

自然な雰囲気の部屋をめざし作りましたが、住み始めた当初は広さや高さ、音の響きなどが異質に感じられ、思っているよりも違和感がかなり強かったです。設計時に懸念していた防音による気分の悪さは、しっかりと存在しました。防音されていることで外の音がもごもごとかすかに聞こえる感じや、1Fリビングの話し声も完全に遮断できているわけではなく、静かにしていると何か人が話しているのが感じ取れてしまいます。住み始めてからは、防音レベルはもっと高くあった方が良かったと感じることが多かったように思います。ただし、これ以上防音してしまうと、このかすかにもごもご聞こえてしまう状態がさらに悪化してしまうような気もします。結局S防音でも、通りを走るトラックの振動だったり、選挙カーや移動販売などの拡声器、近所のスポーツカーが深夜にエンジンをふかす音など、完全な遮断は難しいと思います。
部屋の吸音率の高さも気になりました。静かなときの部屋の静寂感が異様に高いです。これはブログを書いたり、音楽を集中して聴くのにはこれ以上ない環境ではありますが、普通に過ごす分にはとても違和感がつきまといます。どうしても普通の環境ではないので脳が過剰に反応してしまうようで、ずっと落ち着かなかったです。そのため新築当初はオーディオルームよりもリビングで過ごす時間が意外に長かったです。また、お昼寝していると窓から太陽光が入ってくるも静かすぎて、目覚め際朝だと思ってしまうこともしばしばありました。また防音室と言っても、天候によってその静けさは変わります。晴れている日は問題ありませんが、大雨の日などは思っているより雨音がうるさく感じられます。普段が非常に静かなだけに雨が降ると余計にうるさく感じられます。これは屋根材をガルバリウムにしたことや窓を大きく取ったことも影響しています。あられなんかが降ると相当にうるさいです。
住む前には想像できなかった部分の一つは、音を密閉するからこその断熱気密の高さです。湿度と温度が恒温室のように一定に保てます。しかし暖房や冷房の操作を誤ると瞬く間に冷えすぎや温まりすぎが起きてしまいます。通常部屋での室温コントロールの感覚でいると確実失敗します。真夏は外気温が35度を超えていてもエアコンの設定温度は27.5℃で運転していました。それでも室温は27℃より下がります。またリビングや廊下などの温度差が大きくなってしまいます。5~10月上旬はオーディオルームでは半袖一枚で過ごし、季節の変わり際では下に降りると一枚羽織る必要があります。つまりオーディオルームとリビングで服装が違うのです。10月下旬からも基本的にオーディオルームの方が暖かくなります。また窓を大きく開けたことで、夏の日射しによる温度上昇が思っているよりも大きく影響しました。密閉度の高さ故に、季節の良い日でも窓を閉め切ると思っている以上に室温が上がってしまいます。
最も気になったのは、意外にも音よりも空間でした。設計時にも関本社長から広すぎると生活空間としてあまり良くないとのことで、ソファーの後ろについたてを作り、さらに床を14cm上げて空間を仕切ったり、下台を前後に設けています。それでも天井が低いところでも2700mmあり最大3300mmあるためか、PCデスクにいてもソファーで寝ていても常に余白が感じられます。これはぼーっとしているときに把握できていない死角に感じられ、広くて快適と言うより何か落ち着かなさを感じる一因になっていました。また天井に24枚浮かせるように貼られている天井反射板もこの部屋の落ち着かなさを助長させていたように感じます。デザインとしては悪くなく音響装置としては良いものですが、日常生活では常に不要だと感じてしまいます。そういうこともあって天井高が2520mmでシンプルな立方体のリビングが思っているよりも落ち着く空間になっていました。逆にオーディオルームは仕事と昼寝、それ以外はリビングで過ごすと非常に良い緩急がつきます。つまりオーディオルームは集中し、リビングは日常生活をリラックスして過ごす、そういう使い分けが良いです。オーディオルームは今と言うよりあくまで作業場であり書斎といったところでしょうか。

オーディオルーム(防音室&音楽室)の居心地まとめ

オーディオルームは居心地を重視して設計しましたが、それでもやはり異質な空間であり、身体と脳が慣れるまでに3年を要しました。最近ではようやくこの部屋の価値を感じられるようになりました。基本的には、一般的なリビングの方が居心地が良いと感じられます。ノイズがほとんどなく、音が響かない空間は、驚くほど集中できますが、日常的にリラックスして過ごすには少々不向きかもしれません。
また、オーディオルーム特有の温度管理も必要です。私は自律神経が弱く、暑くても汗が出にくくなったり、ちょっとした暑さや寒さの影響を受けやすい身体ですが、適切に利用すれば一夏を通じてかなり安定した温度管理が可能です。ただし、正しく使えるようになるまでにもやはり3年かかりました。オーディオルームをどう使うかと言ったノウハウはなかなかないので、自分で考えて試行錯誤し最適化する必要があります。
3年以上が経ち現在では、オーディオルームの違和感には概ね慣れましたが、やはり異質なことには変わりありません。気分が冴えないときはやはりリビングで過ごした方が快適に感じることも多いです。それでも、個人的には自宅は、オーディオが趣味ではない方でも、寝室を6~8畳の小さめのサイズで作り、その部屋だけS防音クラスの遮音を施し、断熱気密性の高いリビングで過ごすというのが理想的だと思います。建築上のC値はおそらく0.5前後がちょうど良いのかもしれません。オーディオルームは0.1を切っていると思われます。実際にオーディオルームのC値0.1と普通の居室のC値0.1は性質が違うものと思われますが、実際に体験したことがないのでわかりません。
オーディオルームや防音室といった、一般的には非日常的な空間は、基本的にはあればありがたい程度のものだと思います。ここでずっと生活を続けるとなると、少々の苦労が伴うかもしれません。仕事から帰宅後に数時間音楽を楽しんだり、休日に楽器の練習をするといった用途には最適ですが、日常生活をずっとここで過ごすには少々不向きかもしれません。良いとは思いますが、必須ではありません。