インフルエンザの猛威もすこし下火になった頃、新潟らしい冬の天気の下、今日もF社へ向かう。
新しい図面になってから2回目の話し合い。今日はOliviaのCDを持ってF社の試聴室にお邪魔する。スイスの雲上システムという名のうちが建てる家よりもずっと高額であろうスピーカーシステムで小さくBGMを流しながら話し合いを進める。
前回の話し合いと事前にメールで追加要望を伝えていたいくつかの変更もキッチリと反映されて図面は綺麗に整っていた。
1Fから順序よく確認して、微調整をしつつ間取りがほぼ決まった。
このまま構造計算を行い見積もりを出して再来週には、間取りがほぼ確定する。
その構造計算をしている間に自分たちはTOTOとYKKのショウルームでキッチンや窓を選んで家に組み込む型番を確認する。
家の設計はかなり大詰めである。

■今の社会と家の設計

しかし、初期案からは大分小さくなった図面を前に、母はまだ家が大きすぎるのではないかと納得がいっていない様子。特にリビングとオーディオルームが広すぎると言う。
近年、賃金は上がらず社会保障費や税金、物価は年々じわりじわりと上がり続けている中、今新築の家にそんなにお金を掛けるべきなのか疑問に思うところだ。
都心では小さな賃貸にほんの少しの荷物だけを持って過ごす若者が増えているという。現代ではスマホ一台でほとんど満足できてしまうし、なにより若者にお金がない。今の若者には将来があまりにも保証されていない。
そんなことを考えて居ると、自分がオーディオルーム付きの家を建てること、つまりまとまったお金を使い果たしてしまうことがはたして正解なのか疑問に思えてきたのだ。
定年退職を終えた両親はすでに隠居するような気分になっていて家を建てるしばらく前から、小さなマンションで細々小さく暮らすような構想を練っていた。

ここ一年、時間があれば、本を読み、ネットで生き方や住み方、働き方の情報を探った。現代のトレンドとしては確かに、昔のように大家族で大量消費、自家用車を一人一台持って…というような価値感は完全に過去のものとなっている。
しかしよくよく観察してみるとどの情報も”健常者”目線なのである。
まず前提として普通に働ける、普通に外に遊びに行けて友達が居て、あらゆる基盤に”健康”の2文字が隠れていると思う。
というのも、小さい家のススメというのは、そもそもそこに居る時間が少ない事が挙げられる。日本語のことわざに「起きて半畳寝て一畳」とある。今やこれを本当に体現しているような賃貸がある。
東京では3畳程度の極狭賃貸が人気だという。しかしそれはその部屋で仕事をしているわけではないし、日中は当たり前に働きに出てたり遊びに出かけている。食事は自宅では作らずほとんどが外食や調理が必要ないコンビニやスーパーの軽食がほとんど…。つまりこの3畳の住居というのは、寝るだけの場所なのだ。
3畳の賃貸というのは本当に極端な例であることは間違いないと思うけれどこれが、LDKの小さなアパートだとしてもさして変わらないことだと思う。最小限のキッチン、小さなリビングと寝室…それでも遊ぶ場所や食べる場所、自分の特別な場所を外の空間に持っているはずだ。

■小さい家ははたして本当に”自分にとって”豊かな家なのだろうか?

家を小さくすればそれだけお金に余裕が出来るし、家の質が上がる。大きな家は必要ない。
それでも写真で見ると一見綺麗で落ち着いた空間も、じっと見ているとなんだか背伸びが出来ないとても窮屈な空間に見えてきた。
というもの自分は基本的に外に出られないし出ない。

去年2018年の行動を振り返ってみる。家の外に出た日のほとんどは基本的に月2,3回ほどの病院の通院日だ。その他に外へ出たのは、引っ越しの手伝いと見守りに2日、近所を散歩に出たのがおそらく10回程度。外食はしていないし、外のものを食べたのはコンビニのおにぎりくらいだ。
本当に娯楽目的で外出したいのは朱鷺メッセへ新潟オーディオショウへ行った1日だけだ。その他は本当に家の今いるこの部屋にずっと居続けたと思う。
さらに、新潟の天候はとにかくよろしくない。快晴の日は年に9日しかない。(埼玉では年に55日ある。)10月が終われば春までずーっと鉛色の空と雪。夏では厳しい日差しとたまに来る雨。
それでも天気が悪くても屋内スポーツができる、しかし体育館へ卓球へしに遊びに行くといっても去年は1度しかいけなかった。

さらに、最後に市内から出たのはおそらく6年前に長岡の病院へ行ったのが最後。県外へ行ったとなるともう12年は県内で過ごしている。最後に旅行に遊びに行ったのは2009年の大地の芸術祭へ行ったのが最後だ。なんの罰ゲームかと思うほどに家にいた。
コンビニになにか買いに行くこともなければスターバックスへ気分転換に行くこともない。図書館へ本を借りに行くこともなければ、映画を見に行ったりカラオケに行ったり海に遊びに行ったりすることもない。
ただただ家で毎日を過ごしている。

■家が小さいと身体が弱る

自分の苦手なことをいくつか挙げるとしたら、外出と筋トレあと食事だろうか。
身体を動かす事に関しては嫌いではないのだけど、ちょっとのことで毎日熱が出たり下痢が起きたりして筋トレが月単位で続いたためしがない。これはスローステップ運動とかスロースクワットとか本当に簡単なメニューでも続かない。
あの大偶元勝さん曰く、体力作りは日々の生活の些細な動作の中で行いなさいという。これは今の生活習慣の中でとても響く言葉だ。ちょっと掃除をしたり整理をしたり料理をしたり、立ったり座ったり…トイレに行ったりとほんの些細な日常動作の連続の中で自重によって筋肉は衰えないというのだ。
もし小さな家でコンパクトな暮らしを本当に家の中だけで過ごしていたら身体が衰えてしまうことは逃れられないと思う。そして、そんな小さな生活が出来るのはおそらくもう幾ばくも無い後期高齢者だけだろう。

さらに外側に楽しみがないので、人生の何かを内側から家の中で出来る何かで補完する必要がある。これはオーディオだったり本だったり身の回りの様々な何かだ。ミニマリストの生活には多少憧れる反面、自分には難しい話に思う。PCやタブレットのモニタで見られる世界は大きく広がったけれど、人間の感覚器官は目や耳だけではない。一部だけの情報ばかりを脳に与え続けるのは人として弱っていくばかりだと思う。Youtubeで聴く音楽よりもアナログターンテーブルで聴く音楽が豊かであるように、匂いや温度、重さなどもっと沢山の情報を脳は栄養として必要としているはずだ。
今後、ヴァーチャルで様々なものが再現できるようになったっとしてもさらに”本物(リアル)”が重要になってくると推測される。
そう思うにも理由がある。あるときの長期入院でのこと。3度の食事とiPodの音楽、テレビ以外の楽しみがない空間に暫く身を置いた時のこと。刺激の少ない病室ではたった1週間足らずで本当に頭がおかしくなるかと思った。

自分の世界に色々なモノがあって自由に使える空間があるというのは当たり前のことだ。その世界が家の中だけなのか、仕事場や学校、公共施設飲食店…なのかそれは人それぞれだけれど、なんにしても自分は家以外の選択肢が無いので家の中で生みだしていくことになる。
自分の家や部屋をすこし広めに贅沢にしてもなんら悪いことではないと思う。むしろそれは絶対的に必要なことだとも思う。

母にそんな話をすると、確かにそうだねと遠くを見たような目ですこし哀しそうに頷く。そして改めて自分の窮屈な暮らしに自己嫌悪に陥る。
ニートや引きこもり、色とりどりの発達障害の人たちとふれあう機会がある。
その人達には、人生設計以前の問題を多数抱えている。経済面だったり、健康だったりが欠けている人たちばかりが溢れる中で、自分は贅沢な家を建てていいのか?眉間にしわを寄せて考えてしまった。

同じような境遇の人たちは偏には言えないが大概が、なんらかの社会的ハンディキャップを負っている。そのなかで、自分だけこんな暮らしをしていて良いのだろうかと悩んでしまう。
しかし、同じような他人が不幸だからそれにあわせて自分も同じような不幸に足を入れるのはなにかおかしい話だ。幸せに近づけるはずなのに、それをするのになぜ罪悪感を抱いてしまうのだろうか?

■自分に合った幸せを選ぶこと

モノを持たない小さな暮らしが美徳とされてきている今の風潮はよく分かるし出来ることなら自分もそうありたい。しかし、諸事情でそうできない部分が大きい。
本を読む度、世間の一般論と自分とがどれだけ違うのか思いしらせれ、ビジネス書に書いてあることのほとんどが健常者のそれであることが大前提であることに衝撃を受けた。そこをわからずに、本やネットに書いてあることを真に受けて自分にはなにも出来ない力が無いと、さらに苦しむことになる。
なんにしても社会のはみ出しものとして生きていくのは何かと難儀だ。
普通の人が、多くの人が、あるべき理想や形を提唱しても、今自分が持てる力やあるものの中から自分に出来ることを探していくのみである。

F社の試聴室で流していた、Sweet Memories。松田聖子の名曲スウィートメモリーズ。この曲のタイトルの肝は思い出が複数形になっていることだ。今がただ一瞬の甘かった思い出にならないように、これから沢山のいい思い出が作れるように工夫を凝らしただ頑張って行くのみである。

F社から帰ってきたあと37.3度まで体温が上がっていること確認して死んだみたいに寝た。

F社前。空は曇り時々雪ががちらつく

つづく。

 

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