昨年は大変お世話になりました。 

2025年は、ここ10年で最も大きな動きがあった年な感じがしました。引っ越しからもう6年も経っていることがなんともはや自分でも信じられないですが時の流れはとにかく早いです。そんななか明確に新しく出てきたものといえば、生成AIです。ここ数年急速に一般にも広まりだしましたが、2025年はAIの年であったと言い切れます。私はこれまで無料で使ってきたAIサービスへ課金を始め、それはただの新しい技術への体験から、生活必需品へと変わっていきました。
 私にはいくつかの趣味が今でもあります。オーディオ、ポーカー、ブログ、Youtube、音楽、健康維持。それぞれにAIが深くかかわっていきました。まさにAI元年です。普段の買い物もとりあえず検索するよりAIに聴きますし、Youtubeの今までわからなかったアナリティクスの詳細な読み取りもAIに任せました。ポーカーの戦略でさえもAIによって精査し調整しました。ネットで探してもあまり出てこないケナフの育て方もAIに聞いたら詳しく教えてくれます。なにより体調面でAIの補助はあまりにも大きかったです。世界中のあらゆる論文から状況が整理、推測できるのはあまりにも大きなメリットです。聞けば聞くほどにAIはさらに深く広く知識と可能性を広げていくようでした。ここまでチャット型AIの話ですが、作曲AIや動画生成AIなんかにも課金しチャレンジしてみました。思ったより使いこなすにはテクニックと慣れが必要になりますが、今までにない面白さと違和感がありました。オーディオでは測定しセッティングを煮詰めるにもAI、不要なものを洗い出し、フリマへの出品もAIの補助を借ります。AIの知識を片手に、慢性疲労症候群へのアプローチ、「上咽頭炎の治療」を進めました。これは10月から始まりまだ治療中ですが、Bスポット治療という暴力的で非常にしんどい治療を行っています。そんな治療もAIの補助で2か月以上にわたって継続することができました。いちいち主治医に聞けないあれやこれやをAIで確認して主治医や薬剤師に聞いてという往復を繰り返してます。しかし、医者の立場から考えると、これまでのネットで得た医療知識を言ってくる患者と、AIで得た知識でぶつかってくる患者どちらがよりしんどいのでしょう?AIの知識はもうすでに部分的にはベテラン医師を超えてしまっているし新人研修医以上の危うさも兼ね備えていると感じます。

 もうすでに、ここまで日常生活の全般にAIが入り込んでいるともはや危険なのでは?と感じるほどです。AIに頼り切ること、AIの嘘を見抜けないこと、AIの言っていることが絶対になってしまう恐怖すら感じます。なにより、あらゆることが自分で判断できなくなる、人間がより信用できなくなったような、自分が人間離れしてしまうような違和感すらあります。もうすでにAIが、シュビラシステムとして稼働する未来は来ているとすらも思ってしまうほどに。

それともう一つ、これだけさまざまなAIが開発され多岐にわたって利用されるも、正しく利用し、効率よく使える人はそうそう多くないようです。割と使い勝手の良いチャット型AIでも、まずプロンプトを巧く作るスキルが必要ですし、出力される文章は思っているよりも専門的なので文章を読み込むスキルも必要です。そして何よりそのAIから得た情報を巧く使うことは多くの人にとってハードルが非常に高いようです。これはよい専門書を読んでもほとんど人が理解できず活用できないのと同じです。2025年チャッピーという言葉が流行語として取り上げられましたが、これからAIがどれだけ賢くなろうとも、多くの人には何か難しいことを返してくる難儀なものにしかならないと感じます。デジタルデバイトという言葉がありますが、そんなことで、今後AIの使いこなしによる情報格差はさらに広がる一方になりそうです。

 2025年最も驚いたのは、私が過去に書いたブログの文章をすべて読み込ませて、私の文章スキルの過程から文章を書き続けた理由や書けるようになった訳、生きる意味までも解析したことです。アニメの感想だけでも18年分960作品26万字のビックデータです。この巨大データを個人で扱うことはAIがなければ不可能でした。そして、たった数日でブログの文章をtxtファイルにまとめて、AIに渡し、解析した日には震えが来ました。この解析から私は、この世界はまだ生きる価値があると同時にもっと書いていかなければならないと感じるのでした。

 この頃は、1日数時間AIを触っています。これは趣味でもあり、日常でもあり、仕事でもあります。AIの登場によって人生でもっとも大量の文章を読む日々を送っています。するとどうでしょうか?この1年で文章スキルが瞬く間に上昇したのです。これには自分でも驚いた以上に冷静に納得してしまいました。chatGPTなら1か月たった20ドルでこれだけのことをさせてくれるのは、もはやチートくらいに感じます。AIはまだ、”便利なツール”であり、人ではないし先生でも教授でもありません。意外にポンコツでもあります。それでも、もうすでにこれだけ活用できるAIの可能性にもはや恐怖すら感じるのです。

 何でもかんでもAI、何をするにもどこかにAIが潜んでいる、もうしばらくすると社会がAIで作られる日も近い気がします。さて、このAIは人を本当に豊かにしてくれるのでしょうか?
この文章はAIを使わずに書きました。

本年もよろしくお願いします。